「追憶の魔女」(6/8)
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五、接触

 ネオンは今回の急襲でガロンを殺す気はなかった。警告は無駄だと思っていたが、スチュアット卿の周りのジグマッサー(精霊使い)を見て、ガロンの気をくじけないかと思った。
 同業者に直接手を出すことは、この世界ではあまりよろしくない。できることなら殺さずに終わらせたかったのだ。
「無駄か」
 後のガロンの様子を見て、ネオンは思った。
 ガロンはあの後、宿には帰らず、用心深く市内を回って、バイルート宮殿にも近づこうとはしなかった。しかし諦めた様子は全くない。
「警戒されてるな」
 何にせよ、こちらの行動はバレていない。ガロンがさっきのジグ(珠術)をスチュアットの差し金だと思っている分、動き易い。宮殿にも簡単には近づけなくなった。
 ガロンは市内をぐるぐる回っている。これは攻撃を仕掛けにくくさせる為と、尾行する敵を発見するためである。
  無駄に攻撃して、正体バレて逃げられるよりは、この辺で引いておくか。
 ネオンはガロンから注意をそらし、踵を返し歩き去った。

 彼女はガロンから離れていく方向に歩いたはずだった。
 それなのに今、彼は前から歩いてくる。同じ通り、彼も警戒の手を緩めていない。ここで急に回避行動を取ることはできない。
 しかし、繁華街は夜でも人通りが多い。こちらが気にしなければ、見つかることもない。
 二人の距離は徐々に狭まる。
「おや、前に鈴買ってったお嬢さん。今日は珍しいの入ってるよ。どうだい?」
 先日のアクセサリー屋である。
  コイツ―。
 言いたいことは山ほどあるが、ネオンは笑顔で会釈して店の前を通り過ぎた。
 ガロンがどんな反応をしているか気になるが、今注意を向けることはできない。
  もうそろそろすれ違うはずなのだが―。
「かわいいお譲ちゃん。つれないね。鈴なら俺が買ってやるよ」
「ナンパなら他に行って。私急いでるの」
 ネオンは素っ気なく返す。声を掛けたのは他ならぬガロンである。
「いやあ、しかし驚いたな。こんな子供だったとは」
 ガロンはネオンの後について来る。
「どこ見て言ってんの」
 ネオンは振り返りもせず街中を歩いていく。
「見たまんまだよ。大臣のおかかえか?」
 ネオンが体型より大人びて見えるのは、実年齢のせいだけではない。その精神面であるパス(精霊)が、表にまで出てきているのである。
「薄っぺらい人ね」
 それがわからないとなると、表面でしか物事を捉えない人、ということになるのだろうか。
「ハハハ。そんなに早く歩くなよ。もっと仲良く歩こうぜ。ケンカ別れしたみたいで目立つぞ」
「だったらポケットから手を出しなさい。失礼よ」
「おおっと、失礼。レディ…」
 ガロンはわざとらしく手を広げて見せた。
「どうして私だとわかった?」
 ネオンは歩速を緩めて聞いた。
 質問は迂回しない。既にガロン殺す、決定であった。
「それは企業秘密。謎のままのほうがオモシロイだろ?そんなに殺気立たないでよ」
「まあいい…。晩餐会に出席するんだな」
 ガロンは手に礼服の入った紙袋を下げている。
 バイルート宮殿では明日、2日後の同盟国首脳会議に先駆けて晩餐会が催される。
「そ。っで、実はその招待状があるのよ、2通も。これは貴女の分。貰ってくれる?」
 ガロンはネオンに封筒を差し出す。
 彼の真意はわからない。
「嘘くさい招待状は貰ってやる。しかしお前は出席できない」
「そいつぁヒドイな。せっかく最上級のウッ 」
 ガロンの皮肉な微笑が固まる。彼の足を、地面から盛り上がった土が固定してしまったのだ。
「あんまり騒ぐな。ここは目立つからそこに入ろう」
 ネオンは眼でその路地口を指した。そして人の流れから外れる。
 ガロンは足首の辺りまでしっかりと固定されているが、その固定している土が地面を動いて、彼は建物の影に入っていった。