「追憶の魔女」(5/28)
   4  


四、急襲

 ネオンがグラムに来てから5日。的を絞ること14人。今度こそガロン・リッターであった。
 肩にかかるブロンドに、ガッシリとした体躯。今回の仕事の仲介人に聞かされたとおりである。無論、それだけでは彼がガロン・リッターその人であるという決め手にはなっていない。しかし、ネオンには分かっていた。
 彼のパス(精霊)をチェックすると、ズボン右ポケットに筒型の短銃が忍ばせてある。こんな特殊な銃は、そういった仕事を専門とするハイヤーワムぐらいしか持っていないのである。
 ネオンは50メートルくらい距離を置いて、ガロンを観察した。
 そのうちガロンはグラム市近郊の小さな洋服屋に入っていった。
 ネオンは人の流れに沿うようにして、その店の近くまで歩いていって、中の様子をジグ(珠術)で探った。
 店内では、ガロンが早くも会計を済ませようとしていた。
  正服を新調?宮殿に正門から入って、堂々とスチュアット卿に近づくつもりか。
 毒殺を得意とするガロンにとっては、常套の手段であろう。おそらく既に宮殿内に入る為の手筈は整っていると考えてもよい。
 ネオンは少し考えて、
「今のうちに手を打っておくか」
 と一言つぶやくと、ネオンは店の前を離れていった。
 ガロンもしばらくして礼服の入った紙袋を手に、帰路についた。郊外の洋服店から彼の宿までは、途中小川を渡って二十分ほどかかる。

 ネオンは小川沿いの道を散歩していた。待ち伏せをしているのである。
  ―来た。
 遠くにガロンを捕捉すると、彼の死角になるような所に身を潜めた。
  リー・メイズを。
 ネオンは去り際に近くのニレの木に触れる。これは、触れた木を自在に操るジグ(珠術)である。今、小川の沿道のこの木は、ネオンの制御下に入った。
 ガロンがズボンの右ポケットに手を突っ込んで歩いてくる。何気ない仕草だが周りを警戒しているのがわかる。彼のズボンには筒型の小銃が忍ばせてあるのだから。
 川沿いの小道を何も知らずに歩いてくるガロン。例の木の側を通り過ぎた。
  よし、今。
 時機を窺っていたネオンは、すばやく動いた。
 ニレの木はその幹から腕のような枝を生やし、それで後ろからガロンを羽交い絞めにした。
「な、何だ」
 突然の襲撃にも、ガロンはとっさにポケットから手を出すと、持っている筒型の―ペンのような銃を黒茶の腕に押し当てた。
 バシュッ
 何かを打ち込む音がして、しかし腕には何の変化も無い。
「ちっ、くそ、木かよ」
 今打ち込んだものは対人用のしびれ薬。木には効かない。
 ガロンは徐々に太くなってゆく木の腕に締め上げられながらも、次の手に出た。
 幸い、指は動かせる。銃の上部を親指で器用に回すと、頭から針のようなものがスライドして出てきた。ガロンは慎重に銃を回転させ、針を木の幹に刺す。
「ぐっ…」
 間接が固定され、骨のきしむ音が聴こえてくる。
 木は止むことなく絞めてくるように思えた。しかし、針をさした周辺から、水分が抜けていくように乾いて、枯れていった。
「くっ、遅せえよ」
 みるみる、木の腕は崩れ落ち、そして本体の木まで乾枯は進み、ついにニレの木は枯落した。
 身が自由になるや否や、ガロンは臨戦態勢をとった。ペン型の銃に、首から下げていたペンダント風の弾を装填し、周りを警戒した。辺りに人の気配はない。
 ガロンはスチュアット総大臣を取り巻くジグマッサー(精霊使い)を思い浮かべた。
  これは間違いなくジグだ。スチュアットの野郎、もう俺をつかんだのか?いくらなんでも早すぎるだろ。

 しかしこの日ガロンに第2波が来ることは無かった。