「追憶の魔女」(5/11)
念願のファンタジー系。設定が細かくてSFっぽいかも。
高校時代から温めていたんですが、本編のほうはいつもプロローグで挫折。
外伝のショートストーリーでようやく取っ掛かりをつかみました。
一章3分くらいで読めるようにしてあります。
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、暗闇の町

 小さなバーの前の通りを、一台の荷馬車が大きな音を立てて走っていく。小さな町の夜空に、蹄と車の音が響く。
「お客さん、こんな時間に女一人かい?」
 バーのマスターが、カウンターの隅に座る女性に声をかける。
 女は店主の方には耳を貸さない。 通っていった馬車の音に反応するように振り返り、外に注意を向けている。
「なにやらワケありのご様子で」
 店主は真一文字の口ひげを緩め、注文のカクテルを差し出した。
「ああ、すまない」
 女は店主の方に向き直し、グラスを取って言う。
「しかし、女の一人旅はそんなに珍しいわけでははないだろう。それに、たまにはこうして飲みたい夜もあるんだ、女にも」
 男口調の彼女を、店主は気にもかけない。こういったタイプの客はこの店には少なくない。
「ええ、わかりますよ。あなたには無用の心配でしたか」
 店主はこなれた感じで切り替えした。「ごゆっくりどうぞ」

 彼女の名はネオン・カーボン。そのテには名の知れた暗殺者―魔女と称されるジグマッサー(精霊使い)である。
 仕事はさほど入らないが、そういった仕事は数日にわたることがあり、その長い銀髪は黒色に染められることが多い。知る人がいれば皆惜しむ麗姿である。

 そして、今回の仕事はいつもとは方向性が違っていた。
 スワール公国要人の暗殺指令―それを実行する暗殺者を処理せよというのがクライアントの依頼らしい。同業者の妨害または殺害というのが仲介人からの指令である。
 提供資料には既に、目標となるアサシンが挙がっている、ガロン・リッターである。
 暗殺者同士の直接のネットワークは確立されていないが、ネオンの記憶にある人物である。っと言っても毒薬や火薬を好むいわゆるハイヤーワムと呼ばれる職門のアサシン、というくらいの知識ではあるが。
 手口が知れていれば作戦の内容も密になると言うもの。
 しかし問題はネオンの名が知られすぎているということだ。強すぎる操霊術に加え、その特異な体質がまた一因となり、裏社会では知らぬ者がいない程である。
 ガロンがネオンの行動に気づいていようがいまいが、彼の前に出るのは当然あってはならない。それでいて公国のスチュアット総大臣を守らねばならないのだ。誰にも知られずに。

「マスター。前の通りはどこまで続いている?」
 黒髪の麗女はさっきの馬車の行った先を気にする様にして尋ねた。
「道幅は狭いようですが幹線道でしてね、グラムまで直通ですよ」
 グラムはスワール公国の首都。この国境の町から歩いても5日かからない。馬車なら1日あればグラム入り出来る。
「そうか、ありがとう」
 そう言ってネオンは席を立った。
「おや、もうお帰りですか」
 店主はワンコインのチップを受け取った。

 ネオンは店を出て、通りの、馬車が消えた暗闇を見つめる。
「あれがスチュアット卿か、こんなに遅く…。自分が狙われているのを知っての隠密か」
 あれほど騒がしかった蹄車の音は、今はもう彼方に消えていた。