「追憶の魔女」(5/12)
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二、魔女の仕事

 ジグマッサー(精霊使い)は歴史の浅い職門である。400年程前、操霊術が見つけ出された当時、世界は戦争の世紀の終焉を迎た直後で、世相は荒み、人は皆疲れ、精神は狭中にあった。人々はその得体の知れない力を魔法と呼び、人の使うものとしなかった。
 時が流れるにつれて、人々の価値観は変化していった。ことの本質を、自然のまま受け入れる風潮によって人々は、歴史の退行を実現させた。古きよき時代にあこがれた先人に継ぎ、人々は平穏な暮らしに従事するようになった。
 操霊術もまた、そういった背景のもとで人々に取り入れられていった一つである。忌み嫌われた「魔法」は捨て、その使役プロセスより「操霊術」、として世に知られるようになった。
 操霊術は広くジグ(珠術)と呼ばれている。これは、自分達や自然の本質となる形が円、もしくは球と考えられていることからくる。さらにジグマッサー達はジグから自然に干渉する力をワーム(波)と説明している。
 
「ジグ(珠術)は自分のワーム(波)、つまりセパス(主精霊)を扱いたいもののワーム(パス(精霊))に重ねることで、そのものの実現可能な自然現象を操ることが出来るんです」
「うーむ、わしには全然わからんなあ」
 グラムの露店商街で小物屋の店主と若い女性が話し合っている。女性はネオン・カーボンである。鈴を買う際、店主にジグについて尋ねられたのだ。
「それはそうです。実際使ってみないとよくわかりませんよ」
 ネオンはわざとわからないように言っている。早く話を終わらせて、スチュアット卿の監視に集中したいと思っていたからだ。
 彼女は既に、スチュアット卿の居場所をつかんでいた。ジグはものを操るだけでなく、ものの持つパス(精霊)を感知することもできる。もちろん全てのものにパスは存在する。
 スチュアット総大臣はグラムの中心、バイルート宮殿の西の端に居た。
「でも、ジグは便利だが、ジグマッサーは勉強せないかんし、制約も多いからなあ」
 店のおじさんはヒゲを撫でた。
「まあ、そうですね。では、私はこれで」
 ネオンは小さな鈴を手に愛想よく店を去る。
「おう、また寄ってくれよ」

「ふうっ…」
 宮殿の近くの人気のない路地で、黒髪の魔女はため息をつく。
 マークしている大臣のパスを探る。西の建物から動いてはいない。
「疲れるな、こういうのは」
 彼女の本業は暗殺で、その強大なジグをもってスマートに終わらせるのが慣用の手口である。
 今回のように、生かすべき人物に接触もできず、いつどこから来るとも知れない敵を警戒するのは、ひどく神経を削る。
  あのおっさん、ジグが知りたいんならさっさと転職すべきだ。なんで私が愛想ふり撒かなくてはならないんだ
 情緒も安定しないのだろう。それでも鈴を買ったのは仕事を楽にする為。
 ネオンは目を瞑り、右手に持つ鈴に左手を重ねた。彼女には鈴のパスが感じ取れる。
 柔らかい光のようなワーム(波)が手の中に溢れる。そして右手を宮殿の西、スチュアットのほうに伸ばした。鈴の放つ光は手を離れ、光球となって空を滑り、建物の中に入っていった。
 人によっては術の名前を唱和するマッサー(術者)もいるが、ネオンはしない。これはコフという術の種類で、この場合はパソーフという。鈴の特性(パス)をコピーしたのである。
「よし」
 鈴のパス(精霊)は総大臣に付けられた。アートという技法だ。何かあった時は鈴のパスが彼のワーム(波長)を発し、教えてくれる。かなりハイレベルなジグ(珠術)である。
 
「あとは一刻も早くガロン・リッターを探しだす、か」
 ネオンは再び街のほうへ歩いていった。