「ドルフ戦記(仮)」(6/3)
長編になるはずです。
僕はこの小説を書くためにクラッシックを聴き始めました。
しかし、ホントに趣味になって、好きな曲しか聴かなくなったため、全然その知識が使えない。(T_T)
プロローグ 



プロローグ
 キャビネットの朝はトランペットで始まる。日の出の時刻には決まって、ベートーベンの「田園」が街中に流れ、やわらかい朝の陽に包まれて、静かな農村は一日の始まりを迎える。
 キャビネットは人口二千人に満たない小さな村である。広大な農地の中心にぽつんと人が住む街があり、町の中心には小さな教会が建つ。そこの鐘塔はこの村で最も高い建造物だ。
 朝の演奏が止むと、教会の屋根に登る少年がいる。
「おはよう、フェル。今日はいい天気だね」
 ヨハン・コルンフェルトは、塔からトランペットを持って降りてくる老人に声をかけた。
「ああ、ヨハン。おはよう。実にいい眺めだったよ」
 屋根に降り立った老人はフェルディナンド・ムラー。毎朝この塔で「田園」を吹いている人物である。
 ヨハンは朝日の方角に目をやる。13歳の紅顔が、朝の陽でまばゆく照らし出される。
「ああ、俺も早くあそこで吹きたいな」
 口惜しそうに鐘を見上げる少年の手にはトランペットが携えてある。
「わしが丈夫なうちは、まだまだ譲れんな。ささ、みんなが集まってくる。下へ降りよう」
 フェルは少し笑って、降下を促す。
 従順なカソリック教徒達は朝起きて、まず初めに教会に集まる。二人が屋根から降りてくると、数人の熱心な信者が祈りを捧げていた。
 ヨハンもフェルもそんなに熱心な信徒ではないので、黙々と目を瞑る人たちの邪魔にならないように、慎ましやかに教会を出た。
「フェル、今日もフェルん家に行っていい?」
「ああ。しかし今日は昼まで麦の様子を見に行っているからおらんぞ」
「じゃあ、昼飯食ってから行く」
「んん、しかしな、今はこんな時代だし、お前の親父だって駆りだされておることだし、あまり軽率な行動はいかんと思うんだが…。家の手伝いをしといた方がいいぞ」
 キャビネットは今でこそ被害はないが、この国は今戦時下にある。隣国するルーベルとキャビネットが属するカラバルトは建国当時から仲が悪く、5年前にも戦火を交え、今は膠着状態にある。
 キャビネットの男達は家族を残して戦地に赴き、残された女子供と老人は兵糧を作るために畑仕事に精を出すのである。
「畑は今日は手伝わなくてもいいって、それに親父たちは大丈夫」
「なぜそう言える?」
 フェルは軽率なヨハンの言動に憤りを感じつつも、平静を装って彼を見据える。
「今戦争は膠着状態だし、もし再開したとしても親父たちは農夫。兵役っていっても後方で物資を運ぶ役割を当てられるはずだし、徴兵されて一月経っていないんだ。慣れてない人達に重要な所を任せられることはないよ」
「むう…それはお前が考えたのか?」
「兄貴が言ってた。だから心配するなって」
「ハンスか…」
 フェルは少しうつむいて、黙り込んだ。
「兄貴はそういうけど、でもやっぱり俺は少し心配だな。兄貴ならよくわかってると思うけど、徴兵されてそんな風に振り分けられるとは思えないし」
「そうかそうか。まあ、ハンスもお前に心配させまいと思って、そう言ってるんだろう。いい兄じゃないか」
「うん、っで、午後からは行っていいの?」
「家が忙しくないなら、いいだろう。しかし、他の友達と遊んだりしないのか?」
「みんな家の手伝いさ。カーンが空いてるけど、ヤツは一人で詩を創るのがすきなのさ」
 ヨハンは諦めたような口調で言った。
「ハハ、カーンの詩はいい詩だぞ。そうくさるな。じゃあ、わしは畑を見てくる」
 二人は麦畑まで伸びる農道との分岐点に着いた。
「じゃあね。また後で」
「ああ」

 家に帰るとヨハンは、母親に呼び止められた。
「ヨハン、また教会に行ってたの?お祈りでもないのにあんまりしょっちゅういかないで頂戴。いろいろご近所から言われてるのよ」
「毎日行ってるわけじゃないって。昨日は行ってないでしょ」
 ヨハンは足早に母カタリーナの前を通り過ぎた。
「音楽の勉強もいいけど、家のお手伝いもしっかりしなさい。あ、部屋に行くんならハンスを起こしてきて。朝ごはんできたから」
「はーい」
 ヨハンはトランペットを置きに戻るついでに、自室で眠る兄を起こした。
「ハンス起きろって。朝だよ。飯だよ」
 ハンスを包む布団をめくり返す。
「んー。昨日遅いんだ。寝かせろよ。今日休みだろ」
 布団を身体に巻き込んでいくハンス。
「またこんなことやってるからだろ」
 ヨハンは机の上の紙に目をやる。繁雑な文字や図形が見える。
「いーじゃねーか趣味なんだから。今度またお前に教えてやるよ」
「いらないって、戦略なんて使わないから」
 ハンスの趣味は戦略を立てること。そのための勉強も彼は時間があればやっている。机上の紙には様々なシチュエーションに対する戦略が書き留められている。
「とにかく朝飯だから起きろって」
 ヨハンは無理矢理ハンスをベッドから引きずり下ろした。

「…夫、パウル・コルンフェルトに加護あらんことを。アーメン」
「アーメン」
 一家の朝食が始まった。
「母さん、俺今日午後からムラーさん家に行くから」
「また行くの?あんまりお邪魔しちゃダメよ」
「あ、俺も今日はカイネンブルクまで行って来る」
 カイネンブルクはキャビネットの隣にある商業都市である。
「二人ともいないの?今日はいいけど、来週は空けときなさいよ。麦の刈り取りするんだから」
「うん」
 ヨハンはこの日もフェルの所でトランペットを教わることになった。
 麦畑が光る、麦秋の一日の始まり。