「サイエンス・サーガU」(1/11)
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弐、
 ポチョムキンが責任者を務める審査委員会は!ザンビアト宮殿地下1階の!どんづまりの最奥に位置する部屋に設置されている!
 今その秘要の部屋に!甲冑に身を包んだ一人の老兵が足音高らかに歩み寄ってくる!仄灯りのランプは白銀の甲冑を照らし出し!滑らで流麗なその形を浮き立たせる!
 ガディフールはガチャガチャと鎧のぶつかる音を響かせて!勇み足で最奥の部屋に向かう!
 歴戦の勇士が今よみがえる!
ガチャッ!
「ポチョムキン殿!」
「ぉおーい!ガディフール衛兵長!」
 ポチョムキンは慌てる自分を取り繕うように!大きな声を出して!直立してガディフールを迎えた!目下の部下達は下を向いて失笑を露にしている!
 いつものことだが…!ガディフールは一つ大きく嘆息して!言葉を次ぐ!
「ポチョムキン殿!ま・た!錬金を成した者が現れましたぞ!」
 ”また”というのは!永久機関・錬金・不老長寿の功に対し懸賞を懸けるというお触れを出してよりこの方!この審査委は幾度となくこういった答申を審査し!ことごとく失格にしてきたのである!
「そ、そうですか…!」
 ポチョムキンが乗り気でないのも頷ける!しかも!審査依頼は当初の目を回すような忙しさが嘘だったかのように減りまくり!ここ最近は月に2、3度出ればいい方にまでなっていたのである!ポチョムキンは早くこのポストを降り!また以前の様に護衛兼執事の任に就き!敏腕ぶりを発揮したいと思って毎日机の上に脚を投げ出し!煙草をふかしているのであった!
「それより!いつも言ってますが入る時はノックしてください!」
 部下達は相変わらず机を見て笑いをこらえている!
 「おもしろいじゃないか!」ガディフールは内心そうつぶやいていた!
 聞かぬ振りをする老兵を横目に!ポチョムキンは漸く立ち直った部下達に出発の指示を出す!椅子から上着を取り!お気に入りのサングラスを直して!ガディフールの立つ出入口へ!
「それにしてもどうしたんです!?甲冑なんか着込んで!」
 ガディフールの脇を通る時!その誰かもわからぬ重装備について尋ねる!
「甲冑訓練の最中だったのだ!さあ!用意が出来たなら参りますぞ!」
 甲冑効果で士気が上がっているか!今日のガディフールは妙にやる気だ!
 二人に続いて2、3人の下っ端が部屋を出る!


「彼です!」
 馴染みの衛兵が一人のむさ苦しい男を指す!久しぶりの獲物である!
「私が審査諮問委員会の委員長のポチョムキンだ!金を創ったそうだな!名は!?」
 ポチョムキンの威勢を誇る態度に!男は媚びる様子も無く答える!
「漁夫のサイモンだ!!そうよ!俺が海(ヌチ)より金を授かった男だ!憶えとけ!」
「威勢がいいな!ヌバ男子たるものその覇気がないとな!」
 ガディフールは白銀を兜を取り!勇猛を誇った過去を物語る凛々しい皺面を露にした!
「のう!ポチョムキン殿!」
 ガディフールはポチョムキンの肩をバシバシと叩く!
「あっ!ああ!そうですな!」
 ―なんだこの爺さん!今日はやけにテンションが高いな!甲冑に興奮剤でも仕込んでんのか!?ポチョムキンはそう思わずにおれない!
「はっ!はっ!はっ!俺の製造法は完璧だぜ!旦那!まだやり遂げた奴がいねぇって聞くが俺のは確実だ!金が取れる!ヨロシク頼むぜ!大将!ガハハッ!」
 この男も中毒者のようだ!
「自信は結構だが要は結果だ!早速出発するぞ!馬車を出せ!」
 ポチョムキンは必死に自分のペ−スを保つ!
「場所はどこだ!?漁夫といったな!ダーシェン港あたりか!?」
「おしいな!大将!俺は生まれも育ちもレザ−クよ!」
 レザークとダーシェンは共に!首都ラカヌールからは馬車で4時間程の距離であるが!お互いは山3つほど越えなければ行けない位置関係にある!山路は険しくお世辞にも近いとは言えない!世辞でないとすればやはりこいつは馬鹿のようだ!
「グヮッハッハッ!大味じゃな!お主!」
 ガディフールは間抜けだった!
「おうよ!俺はいつも大盤振る舞いよ!ギャッハッハッ!」
「ガッ!ハッ!ハッ!」


 海の男は丘で酔う!サイモンは馬車酔いに苦しんでいた!なんでも小刻みに揺れるあたりが彼の性に合わないとのこと!
「ううっ…!潮風にあたればこれしきのこと…!」

 しかし4時間も馬車に揺れれば!流石に他の役人・兵士にも疲れが見える!
「着いた!」
 よろよろと馬車から降りる一行!ねっとりと絡みつくような潮の匂いが顔を触れる!
「うおぉぉ!!バーニン!!」
 雄たけびを上げるサイモン!
「それ!違っ!」
 一人元気な馬丁が突っ込む!
「よぉし!俺んちはあれだ!野郎ども来ぉい!」
 サイモンは意気鋭々と海辺の小さな小屋に向かう。
「随分小じんまりとした家だな!本当にそこで創ったのか!?」
 疲れた顔をしたポチョムキンが訝しげに尋ねた。
「当たり前ぇよ!家は小さくても俺の庭はこの大海原だからよ!なんだってあるぜぇ!」
 一行がぞろぞろと小さな家の前に着くと、
「お!そうそう!これが俺が取り出した金だ!」
 思い出したようにサイモンは振り返ってポチョムキンに小さな薬包紙を渡した!
 大雑把な男の癖に細かい仕事をするもんだ!ポチョムキンは綺麗に畳まれた包み紙を受け取った!
 開けてみると確かにミリグラム単位の砂金が入っている!
「おお!確かに砂金じゃわい!」
 横から覗き見ていたガディフールが歓喜した!
「ふむ…!確かに…!」
「馬車酔いしてたら忘れちまってたぜ!ガハハッ!よし!入れるのは3人だな!適当に入ってくれ!大将!」
 サイモンは豪勢に笑って小屋のドアを開けた!
「お前達はそこで待機してろ!」
 ポチョムキンは後ろの部下や兵士に命じた!
「何にもないのお!」
 小屋の中から先に入ったガディフールが第一印象を述べる!
 「爺さん!私を差し置いて勝手に入るな!」ポチョムキンは小さく舌打ちをして狭い室内に入った!
「驚くなよ!こいつが金を創る道具よ!」
 サイモンは竈の上に乗っていた鍋を取って見せる!
「鍋じゃないか!そんなもので金が出来るのか!?」
 確かに薬剤の調合などでは鍋も使ったりすることはあるだろうが!あまりにも簡素な道具に二人は驚きと疑心を隠せない!
「おおっと!これはただの鍋じゃあないぜ!?」
 サイモンは鍋をテーブルに置くと!それに分厚い蓋をして鍋の取っての一部を上に折り曲げた!
「圧力鍋だ!!」
「…!!」
 ポチョムキンは隣の老人の持つパイクを取って目の前の奴を刺してやりたい衝動に駆られた!
「…ほう…!では金を創るところを見せてもらおうか!」
 ポチョムキンは咄嗟の衝動を抑えて!声を絞り出した!
「ガハハ!そう急ぎなさんな!旦那!その前にこいつを舐めてみな!」
 サイモンは二人の掌に白い粉をおいた!
「塩のようじゃが…!」
 二人は疑いつつも舐めてみた!
「海水から取った塩か!?」
「そのとーり!金の味がしねえか!?」
『はあ!?』
 二人は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「俺は海(ヌチ)で海水を飲んだときに!これだ!!と思ったんだよ!ヌチが俺に与えた宝だってな!母なる海(ジャギュア)には塩だって鉄だって金だって!隠れてんだよ!」
「ああ!お前の舌が敏感なのはわかった!だから早く結果を見せろ!!我々は暇じゃないんだ!」
 いつも謙虚なポチョムキンが!半ばやけになって怒りを露にしている!
「今からやってたらちょっと時間がかかるぜぇ!」
 サイモンは腕を組み!どうしようもないな!という顔をした!
「どのくらいだ!」
「これから海水を煮詰めてくんだが…!」
「20分か30分か!?圧力鍋だろ!少しは早くなるんだろうな!」
 ハハハ!とサイモンは笑った!
「そこに桶があるだろう!」
 サイモンはテーブルの下の中くらいの桶を指した!
「それがちょうどこの鍋と同じくらい入るんだが…」
 圧力鍋を持ち上げて勿体つけて言葉を曇らす!
「海水何杯だ!?10杯20杯か!?100杯か!?ええ!?」
 ハハハ!サイモンは笑った!
「さっき見せた砂金を得るのに!20000000杯だ!ガハハ!」
「2千万!!」
「この男を連行しろー!!逮捕だー!!容疑は侮辱罪と窃盗だ!!」

「あの人は何も盗んでいきませんでしたわ!」
「いや!あいつはとんでもないものを盗んでいきました!」
「へ!?」
「あなたの 時間です!!」