重松清:(司会進行)デビュー以来家族の亀裂と再生の物語を書き続けてきた作家.
 最近あることに大きなショックを受けた.―少年少女の凶悪犯罪.重松氏は少年犯罪に関するニュース報道や関連記事を集めている.しかし,なぜ?少年達が?理解できない.得体の知れない,“心の闇”と呼ばれるもの,それを理解出来ないことがまた不安である.
 とくに重松氏が衝撃を受けたのは,長野の17歳の少年少女がお互いの家族を殺す計画を立て,実際に少年が家族を殺傷した事件.そして長崎の12歳の少年による男児墜落殺人.
 重松氏自身,12歳になる娘がいる.今まで娘が被害者の立場にあると心配していた.しかし加害者にもなりうるのだということがショックだった.
 今の子供達には中年連中の「少年少女」が通用しない.昔の子供と変わったんじゃないか.「心の闇」というものが,彼らの方にあるのか,それともそれを見る自分達にあるのか.実際に子供達と直に接している人達と話をして,それを「心の闇」と呼ぶ状態から一歩踏み出したい―.
「それにしても,重いよこれ….本っ当に,重い…」

 “心の闇”を越えて
     〜少年犯罪をめぐる対話〜

 重松:普通の子供達が変わってしまったんじゃないか?今の子供達の日常はどうなっているのか?

第一部:子供達は今〜現場からの報告〜

**参加者******************
*△三沢直子:臨床心理士(心理カウンセラー).明治大学教授.描画テストを用いて,そこから子供達の人間関係,心の発達度合いを読み取る.「心が育っていない子供達が増えれいる」と警告している.
*□河上亮一:中学校教師.37年のベテラン.社会科を教え,生徒指導も担当.「つかみどこらがない生徒が急増している」と言う.
*☆渋井哲也:ルポライター.インターネットを通して,若者の本音を読み取ってきた.「今こそ偏見を持たず,子供達と対話する必要がある」と言う.
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●重松:普通の子供達も目に見えない所で変化があるんじゃないですか?三沢さんは,少年,親の両方を見てこられたと思うんですが,今の双方の特徴はどうなっているんでしょう?
△三沢:これは特殊な問題では無くて,一般化,社会化していると言わなければなりません.それは今の子育てのシステムに問題があると思うのです.いろんな人が連携して,問題に当たらなければならないと思います.
 1960年以降核家族化,夫婦分業が進み,それによって続いてきた「母子カプセル」型の子育てが限界にきたのだと思います.これは母親にとっても,子供にとってもすごく負担が掛かるんです.そしてこの母親だけによる子育てというのは,ここ40数年の特殊な子育てなんです.昔はお父さんお母さんがいて,おじいさんおばあさん,親戚,近所の人がいて,いろんな人が関わり合って子育てをしてきたでしょう.そうした中で健全な子が育ったのです.
●重松:河上さんは教師として長いことやっておられますが,普通と言われる中学生を見て,ここ一年いかがですか?一年でなくても,今までを通して何か変わってきましたか?
□河上:15,6年くらい前から変わってきたんじゃないかなって印象を受けます.それまでの教師のやり方が通用しなくなったんですね.
 昔はワルと普通の生徒っていうのははっきりしてたんです.ワルはワルで教師は影響与えれませんでしたけどそれなりの対処の仕方もあったんです.でも校内暴力がなくなったあたりから,みんな普通の生徒になった.そして今までのやり方が通用しなくなったんです.先生の言葉が通用していないというか,生徒を素通りしていく感じですね.例えばAということを投げかけたら,昔はBとかCとか答えが返ってきて,大体予想できたんですが,今はAって投げかけると突然Xみたいな想定外の答えが返ってくるようになった.それが15年前.普通の子が突如何でもする時代になった.
 ワルの時代はつきあい方がはっきりしてたんですが,今はみんな一緒.A君は特別だから,こういうつきあい方をしようとか出来なくなった.
 神戸の事件は我々教師の間ではそんなにビックリするものではなかったんですよ.ああ,やっぱりな.って感じでした.
 今教師が苦闘してるのは生徒に一般的なモラルを身につけさせることなんです.机や床に物を置いたり,乱雑な状態にしていて平気でいるんですね.それで三年間で何とかしてやろうといろいろ言ったりするんですが,でも生徒はそういうこと嫌がるんです.で結局卒業になって「ああ結局駄目だったか」て,この繰り返しですよ.ここ十数年ずっと負けっ放しですね.
●重松:少年犯罪が起こるたびにネットが取りざたされて,事件の引き合いに出されたりしますが,渋井さんはそこんとこ言いたいこといっぱいあるんじゃないですかね?
☆渋井:ええ,そうですね.事件起こした人がリスカ(リストカット)壁があったとかで,そういうページが問題あるんじゃないかと言われたりしますが,日頃からリスカ(リストカット)ページにアクセスする人達は「自分たちとは関係ない」と言います.たまたま,そういう人がやっただけで,リスカやってる人全員がそういう要素を持ってるわけじゃないんです.
△三沢:インターネットで私疑問に思うのはですね.インターネットでのコミュニケーションは無知で成り立ってるじゃないですか.でも心理学で立証されてることで,コミュニケーションは言葉が7%,トーンが38%,表情が58%で成り立っていると言われてるんです.そういう中でどれくらい本音が言えるのか?と私は思うんです.言葉だけのコミュニケーションは,言葉がしっかり扱えるようならいいんですが,まだそういうことに未熟な人達が大人になって子供を産んだ時が心配.私子育ての経験から,赤ちゃん,乳幼児っていうのは喋れないんですよ.で,どうにかして,赤ちゃんの表情とかから,その子が今何を欲しいのかってのを見極めるんですけど,ネットやってる人達が大人になった時,言葉が発せられない乳幼児の心をどう読み取るのか,とっても心配.
□河上:確かに,教師は言葉で勝負すると失敗しますよ.顔の表情を見て,体全体で当たります.
●重松:…私,作家ですから(笑),言葉に頼ってるんですけど.
 でもネットなら,メールなら言えるってこともあると思うんですけど?
☆渋井:今の若い人達は,大体自分の感情表現をHPでやってます.「親父を殺したい!」とか,ウェブ上で本音を言って,吐け口にして,それで日常とバランス取ってるんです.それで,そのバランスが崩れた時に,なにか事件が起こってるんです.
 日常に感情表現の場がないから,そういう場としてネットが役立つと思います.
□河上:でも「親父を殺したい」とか昔はそういうこと思わなかったよね.
○重松:えっ,そうですか?思いましたよ.
□河上:うん?でもそれを実際に実行するってことはなかったでしょう.そこまでリアルでは無かったと思う.それに昔は「親父を殺したい」というのを他で発散したでしょ.
△三沢:本来は親父を殺したかったら,親父に言えばいいんですよ.私も中学生の頃,父と夜中の三時まで口論したことがあります.しかし匿名性のネットの中でしか,そういうことが言えなくなったのが問題だと思うんです.向き合わない人間関係の中で.
□河上:昔はクラスで大ゲンカもあったんです.みんなが見ている中でケンカするんです.でも今は自分の領域,内面を持ってて,距離があって,お互いそれを越えて入らないように付き合ってて,すごく緊張してる.
○重松:今の中学生とか見てても,その距離を狭めず離さずするのにすごく気を遣ってますよね.
□河上:相手の領域に踏み込んだ時に,傷つけるかも,閉じこもってしまうかも,爆発するんじゃないかって,少し賢い子は知ってると思う.大抵は防衛本能で,知らぬ間に距離を保ってるわけです.
●重松:今の話でキーワードとして「人間関係」というのがありましたが,三沢さんがやってらっしゃる描画テストからわかることを教えて頂きたいのですが.
△三沢:私がやっているのはHTP(House,Tree,Person)テストと言って,家と木と人を入れて,自由に書いてもらうテストです.
 まず上が81年の小6男子です.かつての絵はその子の生活環境がわかる絵でした.バランスが良く,細かなところまでリアルに書いています.
 下が97年の小6男子です.攻撃的,破壊的で,非現実的ですね.「銅像が軍隊を指揮して街を破壊している」って言ってました.人が自分でも誰でもない人を書いています.
○重松:女の子はどうだったんでしょう.
△三沢:これは二つとも泣いている絵ですが,
 81年の小6女子は,家が大きいですね.全体の三分の一あります.そして家の窓からは夕飯の支度がしてあったり,花があったりします.家が癒しの場になっているんです.このテストでは家というのは,家庭,近所,心の受け皿が象徴的に描かれるんです.
 97年の女の子は,家が非常に遠くに,小っちゃくなってます.
○重松:本当に家が小さいですね.これじゃあどこで癒されてるんですかね.私は,その女の子の足下に描かれているものが癒しなのではと…?
△三沢:これは「かえるさんが怒ってる」んだって言ってました.これは自分の分身ですね.女の子は泣いてるんですけど,怒ってる自分もいるんです.
 今の子は,ちょっとしたことでキレたり,不登校になったりするけど,それは日常の中で溜まっていったものが一気に出たのではないかと思うんです.きっかけは些細なことですけど,なにか溜まっていく日常があるのではないかと思います.
○重松:渋井さんは81年小6なら,世代一緒じゃない?今の子の絵を見てどう思った?
☆渋井:確かに家が小さくなっていますけど,逆に相対的に人が大きくなったと思います.大きくなった自分を見て欲しいんじゃないかなと思います.
△三沢:実は,小3くらいまでは家に比べて自分を大きく描くんです.それは,まだ自分の世界から脱していない,万能感が拭えない状態なんです.小学校高学年になってだんだん周りが見えてくるようになると,バランスのとれた絵が描かれるようになるんです.
 未だに人が大きく描かれるってことは,万能感が取れてない.
○重松:つまり幼い.
□河上:あ,でも今の中学生は絵を描かせるとみんなあんな感じ.家も小さいし,学校も,教師も小さい.だから学校で生活を正そうととやかく言うと,「構うなよ.ほっとけよ.自分は自分であるんだから」とこうなる.未熟って感覚がないんだね.本人達はこんな言葉使わないけど「自分はもう完成体で,こうなんだから大人は構うなよ」ってのが,ここ十数年多い.
●重松:万能感が拭えないのは,我々親が原因してるかもしれませんね.三沢さんはこれから(この絵,少年達が)どうなると思いますか?
△三沢:正直考えるのが怖いですね.実はこの(97年の)テストは神戸の事件の直前に取ったんですが,私も実はあの事件そんなに不思議ではなかったんです.それどころか,これは単なるプロローグになるかもしれないと思ったんです.それは今も同じ,これからもっともっといろんなことが起こるかもしれないと思っています.
 今は小さい頃から機械漬けです.「ゲーム」を問題にする際,その暴力性やセクシャルな面が取りざたされますけど,私は,仮想現実で遊ぶことで「現実」と「非現実」を曖昧にしてるんじゃないかって,不安です.機械を相手にしている限り,難しかったらレベルを下げてやればいいんですから,ずっと万能感が得られます.昔は相手は生身だったから,自分は「こうしたい」と言っても,相手が「いや俺はこうしたい」といわれたらそれまでで,思い通りにはならないんです.そう言った中で,日常でも万能感も卒業する機会はあったんじゃないかと思う.しかし今は機械相手だから,そういう機会もなくて,万能感から脱しきれないんじゃないかと不安です.
☆渋井:それはちょっと僕,異論がありますね.
△三沢:ええ,ええ.
☆渋井:確かにゲームは万能感を得られますけど,「ゲーム」と言っても簡単なのから難しいものまでいろいろあるからひとまとめには出来ないと思います.ゲームが少年事件を増やすというのは,僕ちょっと疑問がありますね.もともとそういう素質を持った人達がいて,ある種の訓練期間としてゲームがあったんじゃないかと思う.
□河上:もともとそういう人がいて,何かのきっかけで事件を起こすってのは,私はそうは思わないな.人間みんなそういう素質があって,何か抑圧を受けてたのが,ふっと浮上してきたって感じなんだよね.「ふた」が外れてしまったって感じ.あるきっかけで出てきちゃった感じ.そういうフタをする社会情勢になっちゃったんじゃないかと思うね.
●重松:フタをしてきたものって,いっぱいあると思いますが,フタが外れた原因て少年達だけの問題なのでしょうか?
□河上:そりゃ違うでしょ.大人だよね.
△三沢:大人って言うよりも…,誰でも攻撃性破壊性は持ってる.
 描画テストで攻撃的破壊的絵を描いたのはみんな男の子でした.やっぱりオスってのは闘争本能があるんだと思います.でも昔は村遊びなんかでチャンバラごっことか戦いごっこで,女の子はままごと.遊びがあきらかに違いましたよね.チャンバラごっこでどこまで攻撃性を出していいのかっていうのは,分かっていきました.
 昔はある年齢になると(元服)男の子は母親から離されて男社会に入りました.しかしここ40年余,ずっと母親に育てられた男の子はどこまで攻撃性破壊性を出していいのか分からないままきてしまったんじゃないかと思います.
●重松:今の子が大人になって親になった時に,今の人間関係が築けないとか,言葉がコミュニケーションになってないとか,そうした問題になってくることは親の世代にも当てはまるんじゃないか思うんですけど.
□河上:一緒に仕事するってことも大人になったら出てくると思います.その時,言葉だけじゃなくて,顔つき,身振り使って人間関係作って,一緒に何か作っていくけど,そういうのはいきなり出来るもんじゃない.人間関係作る訓練が必要になってくる.どこかで生身の人間で訓練する必要がある.しかしそういうのは,どこでもやられていないでしょ.家庭でも学校でも一定以上のことは言えない.言いすぎるとトラブルになるから,教師としてもこのくらいの距離でやらざるを得ない,というのはいっぱいある.
 だから昔,教師と生徒が一つの物を作るためにケンカしながらやった,とかそんなことは今じゃとても出来る状況じゃないわけ.さっきの小3で止まってしまったていうのは,そっからいろいろあって人間関係が作れるように可能性が開けてくるならいいけど,20になっても30になっても人間関係作れないってのはやっかいな話でしょ.その世代がね,子供産んで育ててくとなると….
○重松:僕らなんか,そうですよ.それこそ僕らは「もっとワンパクであれ」とか「昔は泥んこになって遊んで,ケンカになってもルール越しに出た.お前達は経験が無いから,いっちゃうんだ」と言われてずーっときた.だから,今の子達が同じ事を言われてて,僕たちが何かをしなければ,という問題意識を持たなければならない.しかしそこで「昔のワンパクに戻れ」と言ったようなノスタルジアで言われてしまうのも無意味じゃないかと思うんです.
□河上:だから,言葉でああしなさい,こうしなさい,お父さんもっとしっかり,お母さん頑張ってもっと躾しなさいって言うのは無意味.言われたからってできないからね.だからシステムの問題っていうのは,誰が気づいた人がやらなきゃと,しかもずっと時間がかかるんだろうけどね.


 「子供達は変わった」「子供がわからなくなった」それを「子供達の心の闇」と呼ぶならば,実は「心の闇」は社会がじわじわと作り上げたもの,それが専門家達の実感でした.
 重松:今回の対話の印象は,今の少年達が背負っている様々な問題「人間関係が築けない」「コミュニケーションの問題」は,今40才の,少年時代「新人類」と呼ばれた僕らと,「今どきの子供達は」「人間関係を結べない」って言われた同じ言葉で批判されてる.ということは少年問題を考える時は,その親である僕たちの世代の問題にまで遡ってかんがえなきゃいけない.じゃあそういう僕たちが親になり,今の子供達とどうやって関わっていけばいいのか,僕たち自身も親としてどう育っていけばいいのか,そうやって過去を振り返って,未来にどんな展望があるのか考えてみます.

第一部完
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感想:重松さんは司会だからどっちつかずだったけど,大方情勢は三沢&河上V.S.渋井って感じだった.別に討論してるわけじゃないんだけど.渋井さん弱かったな.しかし見てもやっぱり前者に説得力があった.三沢さんの「ゲーム」「ネット」感覚に渋井さんが反論したくなるのもわかる気もするが,しかし,「“もともと”そういう素質があった人が事件を起こすんだ」っていう,渋井さんの考えにはやっぱ賛同はしかねる.犯罪心理学では誰にでも“そういう”要素があることになってるらしいし(僕も詳しく立証論文とか事例とか知ってる訳じゃないし,ただの入門書の受け売りだが).それに大体,渋井さんの理論の根拠は,ネットユーザー自身の声なんだね.僕は,大体「自分の事を自分が完全に把握してるわけがない」と思ってる派だから,ましてネットで言ってることをそんなに信用してよいのか,と思いたくなる.しかし,ネットの方が確かに本音は出やすい,と僕は思う.しかしそれは確かに本音なんだけど,開き直った本音というか,なんか確信がない本音のような気がする.多分それをどんなにつついても,柳に風な感じがするんだよね.
 まあそんな話はどうでもいいことであって,結局,一番驚いた,というか「へぇ」と思ったのは,重松さん世代も今の僕らと同じ事を言われてきたのか,と言うことだった.


次回第二部の予告

 少年達の心の闇を乗り越え,社会と少年達との新たなルール作りを見つめる

第二部:“心の闇”は乗り越えられる

**参加者***************
*◇宮台真司:社会学者.徹底したフィールド調査に基づき少年少女達の行動を読み解いてきた.「「援交」「ネット中毒」「キレる」一見理解できない彼らの行動も見方が変われば分析が可能」と豪語.
*▽藤原和博:ビジネスマンから中学校校長に転身した.ソフトウェア関係の会社に勤務していたビジネスマン時代,とくに力を入れていたのが教育用ソフトの開発.「閉鎖的な学校の殻を破り,生徒達に社会の風を当てていく」教育方針が話題を呼んだ.
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テーマ@大人はなぜ不安になるのか?

テーマA大人に何が出来るのか?