「未題」(4/10)
僕が初めて投稿した掌編(短編)です。朝刊の新聞に。
投稿したものより改行を多くしましたが、それでもかなり読みづらく仕上がっております。
もどかしいほどの初々しさが文章自体に現れておりますが、わざとねらってやったということで。一応(^^;



 今朝は尿意で目が覚めて早起きをした。珍しく早い息子に、母親は煙たそうだった。
 家に居ても二度寝するだけなので、かなり早いが学校に行くことにした。
 適当な朝食を済ませて。静かな家を出る。
 乗客の疎らで空いている電車。
 普段は混んでいて座れない入り口横のロングシートに座る。
 ボーっとして、車窓を流れる見慣れた景色を見るうちに、まだ残っていた眠気が徐々に増してくる。
 昨日、火曜日は半ドン。午後からは、友達と遊びに回り、疲れ身で帰宅。そのまま寝てしまった。そんなに遅い時間でもなかったので、十分に寝たはずなのだが、やはり早起きは眠気のタネになるらしい。
 記憶が途切れてはいたものの、乗り過ごすこともなく、いつもどうりに下車し、改札を抜けて駅舎を離れた。悪くはない気だるさを伴ってゆらゆらと自転車を走らせる。
 誰もいないどころか、まだ開いてないんじゃないか?学校。と、一抹の期待と呆れが、ふと浮かんだ。
 ごく僅かに、不満を口元に浮かべて下駄箱ロッカーを開け、壊れかけた内履きに履き替えた。
 どの階も静まり返って、見慣れた校舎に違和感を覚える。
 教室に入ると意外にも一人の男子がいた。大して仲がいい訳でもないが、兆度目が合ったのでその江崎に挨拶する。
「おっス」短く切って会釈する。
 あっちは会釈しながら小さな声で、「おはよう」と。
 最初の「お」しか聞こえない。
 かばんを入り口近くの自分の席に置く。教卓から離れていて良さそうな位置だが、出入り口近くとあって交通量が普通より些か多い。
 かばんを開け、椅子を引いてみる。
その男子は相変わらず机に向かって、ノートを広げて、シャーペンを握っている。
「早いな」
 何となく、窓際のそいつの背中に声をかけた。前のほうの黒板に近い席だ。
「うん、まあね」そのままの態勢で素っ気なく返ってきた。
「誰もおらんが?」
「そこに来てるみたいやけど…」
 自信なさ気に、振り向いて後ろの方向を指差す。確かに、その先には深緑色のバッグが乗った机がある。見たところ知っているやつの持ち物ではない。もちろん、その席に誰が座っているか憶えてもいない。
「ふーん」だから、リアクションが素っ気なくなるのは、当然だ。
「こい早く来て勉強しとら?」机の上の邪魔な教科書ノートをかばんに仕舞いながら尋ねる。
 返答は決まりが悪いようにして返ってきた。
「ああ、うん、まあね…」いつもの江崎ではあるが。
 ばつが悪い様子なので、会話はこれくらいで切り上げることにした。席を立って便所に向かう。
 別に用はなかったので、鏡の前で髪を整えて教室に戻る。江崎は変わらず机に向かっているが、机上にノートはなく、ただペンをもって手の上で回しているだけだった。
 この日は、再起した眠気に誘われて、一限目途中まで机の上に伏していた。

 蛍光灯の音しかしない、静まり返った教室で、いつもの様にペンを滑らせて楽しんでいた。誰にも邪魔されず、気を張る必要がない、自分だけの空間。
 調子良く5枚目に入れると思ったとき、遠くの足音が耳に入ってきた。少しばかり緊張し、手を止めて耳をそばだてる。
 このクラスの人ではないことを願いつつ、そっと机の中からカモフラージュ用の教科書を取り出す。足音はだんだん近づいて、緊張が静かに高まる。
 足音はこの教室の後ろまで入ってきて止まった。足音の止まった机の位置から、大体誰であるか予想はついた。しかし、後ろを向いて挨拶するほどの仲でもない。勉強している格好をして、知らない振りをすれば、あちらもその気が無いことを察してくれるだろう―。
「お、また勉強か?」無神経な声が背中にあたる。全然その気がないようだ。
「あ、うん、まあね。広げてるだけだけど」
 振り向いて、机の上の教科書を見せながら答える。
「あれ、小論文なんて出てたっけ?」 
「えっ…」教科書の下の原稿用紙を目ざとく見つけて、挙げてきた。
「あ、いや、特にないけど、ちょっと書いてみてるだけ」
 急に身のうちが騒ぎ出しそうになり、顔色がサッと赤くなる。
「推薦狙っとら?」
「あ、いや、ちょっと違うけど」
「え、何で書いとら?」
「あの…小論文じゃなくて…」
 誰が見ても、耳の先まで真っ赤に染まっているのがわかるだろう。今日はずいぶん食い下がってくる。
「何かの感想文とか?委員会のとか」
 いよいよ目の前がチカチカした感じがして、気が動転してくる。冷静に自分を見ることはもちろん、返答さえままならない。
「いやその…ちょっと文章を…」
 もはや会話を流すことも考えられない状態である。嘘を考える隙間もないほど、心の中はあせりと羞恥で埋め尽くされている。ただ、雰囲気にせかされて口だけが籠る。
「モノかいてて…」
「モノ?」
「文章を、創作とか…」
 言葉に窮して、隠したいことだけが出てくる。
「何?小説書いてんの。スゲー」

 月に2、3回、やたら早く学校にくる日がある。しかし、今までクラスで一番早く教室に入ったことはない。決まって江崎がいる。特に関心があったわけでもない、変なやつとも不思議なやつとも思ったことはなかった。いや、今もそれは変わらない。あいつは毎日何となく過ぎていく中のただの背景みたいなものだ。
 しかし、江崎はそうは思ってないようだ。先週だったか、ちょっとした挨拶から俺が、あいつの隠している秘密を聞き出してしまったらしい。その日から一週間、ずっと俺の事を気にしている。普段から会話もしないので、ただこちらの様子を窺っているだけだが。
 あの時、言葉はからかい半分だったが俺は、本当にこいつはすごい奴だと思った。目標を定めて、それに向かって熱中できるのだから。俺はというと毎日、学校に行ったり、部活したり、遊んだりして、それなりにやっているけど、特にコレといったものも無いし、ただ毎日過ぎていくだけの無駄な生活を送っているように思う。それに比べると江崎は、毎日少しずつでも成果を出せることをやっていて、普段はそうは見えないが、満足できる生活を送っているように見える。しかし羨ましく思うが、俺にはあの静かで穏やかな熱意は真似できそうも無い。
何が恥ずかしいのだろうか。そうでもないのに、裸でも見られたように反応していた。俺にはわからない。
 今日もあいつは机に向かって、勉強している振りをしている。俺が教室に入ったのは気づいているはずだが、振り向く気配も見せない。
「お、頑張ってんのか」逆効果なのはわかっているが、調子付けに声をかける。
「あ、うん…おはよう」
 やはりばつが悪そうにして振り向く。机の上にはノートだけが広げられている。今度は机の中に原稿用紙をしまったのかもしれない。
「完成したら見せてくれるよな」
 ガキ大将じみた科白に、少々違和感を覚えるが、ついついからかってしまう。
「えっ…」驚いて、かなり困った顔をした。
「いや、冗談だって」 
 そう言って俺は教室を出た。江崎は困った様子で俺を見送り、元の様に一人、机に向かった。
 便所から戻ると、相変わらずシャーペンを弄ばせていた。俺は自分の席について、MDを聴きながら、ケータイをいじった。どうも暇なのだが、勉強する気にもなれない。
「あ…、笠置君ちょっと…」
 机に伏していた暇そうな俺に、江崎のほうから声をかけてきた。
「え、何?」
 突然に驚いて、上体を起こす。江崎はすぐ前に立っている。
「実は…その読んでみてほしいんだけどコレ」
 耳先まで赤くして、俺の机の上に綴ってもいない原稿を差し出した。  
「え、マジで?いいが?さっきのは冗談なんやけど」
「いや…前から言おうと思っとったことなんで、なかなか言えんかったんで…」
 おれは目の前の原稿をパラパラ捲る。それほど長い話ではなさそうだ。
「それで…悪いとは思うんやけど、それまだ題名が無くて…何か案とか出してほしいんやけど」
「え、俺が?ヤバイって」
「いや、なんでもいいから、とにかく読んでみて」
 それだけ言って江崎は教室を出ていった。
 教室に一人。
 することは無かったはずだ。
 とにかく俺は白紙の一枚目を捲り最初から読み始めた―。