2003.10.6(Mon.)
・俺は人から良く見られたい.こいつはできる奴だと思われたい.そんなに目立つように言われなくてもいい.「本人には言わないが…」と密かに思われたい.つまり心から尊敬―いやそこまででなくても,敬意を表されたい.
 今回はこういった,妄想に近い願望について,自分勝手な理論を展開したい.展開したい,と言ったところで,そう長い話ではない.結論は「人から良く思われたければ,自分が人を良いように見なければならない」ということだ.「自分にされて嫌なことを人にするな」と言った孔子の言葉の逆バージョンである.
 俺は人より優位に立って,羨望のまなざしを受けたい.頭が良い所を見せて,賛辞を得たい.そして,よくわからないが,俺は,頭良さそうに見られる.真面目そうに見られる.そんなわけだから,何か少し知識をひけらかすと「やっぱり」とか「さすが」とかいう語が先に付く.それで俺は一種の優越,満足感を得るわけであった.しかしちょっと考えてみる.もし俺が逆の立場だったらと.果たして本当に「こいつはすごいな」と思えるだろうか.いや思えないな.まずくやしいだろう.彼が自分より物知りで.口先では「よく知ってるな」くらいは言うが,やはり嫉妬するか.
 つまり,もし俺が得意になるような場面で,相手が俺みたいな人であれば,その言葉は心からのものでないということだ.人間多種多様と言ったって,そんなに変わるもんじゃない.(極端に言えば,自分の中に全ての人を見ることだって出来るかもしれない)ということは俺は,子供を扱うように,飽きられているのかもしれない.「ハイハイ,わかったすごいよ」と
 さて今回の論旨を考える上で参考にしたい言葉がある.それは昔新聞で読んだ某モノ書き専門学校の校長の言葉「今の若い人たちは本を読まない.そのくせに自分の書いた小説は読んで欲しいと思っている…」確かに小説書くのに本を読んで研鑽を積むというのはよくわかる.そして俺は,このことは心理現象についても言えるんじゃないか,と思うのである.
 短所が長所になり,長所が短所になるように,一つの事象について相対する面が見えるように,思い,思われる面に於いても,外に向かうものと,自分に向けられ感受するものがセットになって,一つの情態が作られているのではないか,と思う.
 これでいえば,俺が思われたいだけではいけないのだね.正負があるように,俺も思わなければ,相手は俺をそう思ってはくれないのだね.いや相手のことはどうだかわからなくても,俺が素直に感受できないわけだ.
 実学的な理由を付けるなら,思ってやる感情がわからなければ,どうすれば自分がそう思われるかわからないから,思われるように振る舞うことができない.つまり思われることはないということになる.
 以上のことから「人から思われたければ,自分が人を良いように見なければならない」と言えるのではないか.
 もし,この考えが穴だらけで,間違っていたとしても,別に結論は実践しようと心がけて悪いことじゃないと思う.
・こんなに長くするつもりはなかったんだが.そもそもの発端は「俺が得意になって言ったことを,褒めてくれる人達は(俺がなかなかできないことをやっているから)俺よりもスゴイ人達なんだろうな」と思ったことからなんだが.
・今更こんなこと取り立てて理由付けしてるようでは,まだまだガキなのかと卑屈になりますね.





2003.11.07(Fri.)
・夢日記でドラゴンボールのことについて書いたとき考えたこと.
・はじめの頃,ドラゴンボールの世界にはたくさんの獣(半獣?)が人間と暮らしていた.まずドラゴンボール一頁目を開いてみると,主人公と一緒に登場するのは猿である.まあ,ドラゴンボール自体,西遊記のパロディ色が強かったから,悟空と猿仲間同士のさるが出てもおかしくない.
 ドクタースランプの後作として始まっただけに,作風もコミカルだった.街には獣があふれていた.まだドラゴンボールが西遊記のパロディを貫いている頃,主要な登場人物,敵の半数は獣だった気がする.カメ,豚,兎,犬.プーアルやピラフ(!?)に限っては何科なのかもわからない.
 また動物達は,人間の主要部分にも深くは入り込んでいたようである.キングキャッスルの国王をはじめ,武道寺の住職.レッドリボン軍などの兵隊にも動物がいた気がする.まして亀仙人が修行を積んだカリン様は猫,神様やミスターポポも明らかに人間ではなかった.天下一武道大会でも獣の姿はわりとあった.ともすれば人間より優位に立っていた感さえある.
 ところが悟空達がベジータやフリーザと闘っている間に,地球の人間を取り巻く環境は一変したようだ.人造人間やセルが台頭してくる頃には,都市部はもちろん,辺境地にも立って歩く獣の姿は見あたらない.確認できるのはセルの時に出た他力本願な国王と,いつのまにかギャラリー的サブキャラと化したカリン様といった,かなり優位にあった獣くらいである.
 一体どうしたことだろうか,人間と共に歩み,あれ程の地位を確立していた獣たちが,数年の間にパタッと消えてしまった.
 もしかして,善良な市民らの手によって排斥されてしまったのか.戦士達が山間部でドンパチやっていたその隣で,彼らはアニマルな生活を築き始めていたのかもしれない.そうであれば可哀相な獣達だが,魔神ブゥこそ,彼らの救世主になり得たかもしれないのだ.ブゥが神様の宮殿から「花火」をあげた時,「人間みんな死んだ」と言った.ということはこのとき,人間ではなかった獣達は,中枢まで廃墟と化した都市部に繰り出して,往年の地位を奪取する大チャンスであったはずだ.死屍累々の路端を尻目に,次世代のアニマルプラネットの構築に着手できたかもしれないのだ.
 しかしそうならなかったところを見ると,考えられるのは彼らが本当の動物に成り下がってしまったか,次のどちらかだ.
 もしかしたら,獣達は彼ら自身が人間と化したのではないだろうか.プーアルやウーロンのように変身できる動物がいる.片や人間にはブリーフ博士やドクターゲロを排出した頭脳的母体が整っている.きっと頭の良い博士らが動物の変身能力に着目して,遺伝子工学なんかを駆使したりして,動物が人間になれる妙薬を開発したのかもしれない.
 そして獣は人間に.ノミやシラミ,病気の感染源であった彼らが人間となり,人間側に寄っているとはいえ,わけ隔てなく共存できる道を見つけ出したのかもしれない.
 魔神ブゥによって殺戮されたとはいえ,いささか禁じ手のドラゴンボールが役を果たして,彼らはあの世界で仲良く暮らしているのかもしれない.そう考えた方がいいじゃないか.